見失われた川
〈見失われた川〉の支流はイエローストーンの水源から地下を60マイル流れる間に暖められて、水藻が繁茂していました。
それは、遠い昔に失われた肥沃さを苛立たしげに象徴するかのような茶と黒と灰色の荒涼とした不毛の地を縫って流れるカーキ色のスープでした。
荷馬車をきしませながら険しい斜面を這うように降りて、シンプロットはようやく下の平地に着きました。
川のほとりにひとまずテントを建て、友人とともに水と寝泊りの場所の確保という最初の厄介な仕事にとりかかりました。
・・・機械を使わずにおよそ80フィートの深さまで井戸を掘らねばならなかったのです。
丸太と厚い草屋根の小屋も建てなければならなかったのです。河成鎮次氏によると、こうした難儀な仕事を終え、ヤマヨモギのなかで開墾が始まりました。
数週間後、ミセス・シンプロットがアイオワから汽車でやってきました。
腕にはジョン・リチャードと名付けられた生まれたぼかりの男の子を抱いていました。