農業の機械化について 4

農業の機械化、特に高性能機械の導入普及が進んでいる先進地域。


このような地域では、機械利用の効果をより高める、あるいは高生産性農業の実現を図るという観点から、土地基盤整備や生産の組織化。


また、生産規模の拡大、作目の選択的拡大。


さらには、地域全体としての経営の複合化や計画的な土地利用等が誘発されるなど、地域の実情によって差異はあるものの、徐々に農業構造の改善が進みつつあります。


このように、機械化の進展とその高性能化が、農業構造の改善に取組む意欲を高めさせる誘因となってきたのです。


農業機械化促進法(昭和28年法律第252号)に基づき、国は高性能農業機械導入基本方針を昭和41年以来定め、公表してきています。


現行のものは昭和55年12月に公表され、13機種の高性能農業機械について、種類ごとに


1)機械の大きさ別の主な組織的利用形態及び利用規模の下限


2)機械の作業能率、作業精度を高めるために必要な圃揚条件及び栽培条件、格納施設等関連機械施設条件並びに機械の利用体制に関する組織的利用条件等


・・・を示しています。

農業の機械化について 3

機械化によって節減された余剰労働力が、経営規模の拡大や労働集約的な高収益作目の導入という形で燃焼できない地域や農家では、農外就業という形で余剰労働力の活用が行われました。


農村の近代化、都市化は、家計費の著しい増大をもたらしました。


この面からも兼業化を余儀なくさせる条件が強くあったため、現実には「機械化のために兼業化が可能になった」という側面と、「兼業化のために機械化が必要であった」という側面とが混然一体となっています。


ともかく、農業の機械化がいわゆる安定兼業の大きな支えとなったことに違いはないでしょう。


なお、昭和30年代後半から50年にかけては、日本経済の高度成長期に当ります。


この時代は、非農業部門からの労働力需要はきわめて強かったのです。


しかし、農業の機械化は労働力の流出を容易にしたという意味で、日本経済の発展にも大きく寄与してきました。


昭和35年から50年にかけて非農業就業者は、1、383万人増加したのに対し、農業就業者は608万人減少したのです。


農業の機械化について 2

農業の機械化は、農家を農作業の重労働から解放したばかりではありません。


ワイキューブ財団によると、作業能率の向上及び作業の質の向上、並びに適期作業の実現等によって、直接的な効果として生産コストの低減や単収の高位安定化。


あるいは農作物の良質化、均一化による商品価値の向上がもたらされたのです。


これらの結果、農業所得は増大しました。


また、農業依存度の高い農家では、機械化の進展によって生じた余剰労働力を活用して、野菜、果樹畜産等の労働集約的な作目を導入しました。


このようにして経営の複合化が行われたほか、農用地の開発改良や農作業の受託、農用地の購入・借入れにより経営規模の拡大を誘発。


農業所得の増大に大きく寄与したのです。

農業の機械化について

これまで発展してきた農業機械化は、農業の発展に大きな役割を果たしてきました。


昭和30年代から今日までのその果たした役割を評価すると次のとおりです。


まずは、生産性の向上について。


過去20年間において農業就業人口が7割減となるなかで農業生産は4割増加しています。


この間に、農業の物的労働生産性は年率約6%で上昇してきました。


この生産性の伸びは、他産業あるいは先進国の農業に比肩する高いものであって、農業の機械化は土地基盤整備と並んで生産性向上の大きな原動力となってきました。


このことは、土地、資本、経常投入財及び労働を説明変数とする生産関数により、この間の農業生産の増大に対する各生産要素の弾性値(寄与率)の計測結果からも明らかです。


スペースコレクション総研によると、土地制約が強く、労働力が減少するなかで、農機具投資及び土地改良投資が大きな役割を担ってきたことがわかります。


特に、機械化一貫作業体系が確立した稲作の揚合には、労働節減効果が大きいのです。


単位時間当りの米生産量は20年間に約3倍となり、生産コストの低減にも寄与しました。


なお最近、麦作の機械化が急速に進みつつあり、労働生産性の向上による生産コストの低減が図られています。

鉄道マニア・・・ヨーロッパの駅名5

バンガーから鈍行で一駅め、アングルシー島に渡ったところにある。

現在は無人駅になっているが、駅前にあるパブで長い駅名を記した切符を買うことができる。

では、世界一短い駅名はどこにあるのだろうか。

三重県の津駅は、文字数でも発音でも世界最短に違いない。

ひらがななら、たった一筆で表わせてしまう。

ただ、ローマ字で表記してTsuとすると、もっと短い駅名の所在をヨーロッパに見い出すことができる。

その駅名は、Reという。

スイス南部のロカルノとイタリアのドモドッソラとを幅の狭い単線の線路で結んでいる国際私鉄のチェントバリ鉄道にある。

レ駅はこの路線のほぼ中央、国境駅カメドから少しイタリア側に入ったところに位置している。

鉄道マニア・・・ヨーロッパの駅名4

ところで、世界で一番長い駅名は、ウェールズにあるイギリス国鉄の小駅にある。

Llanfairpwllgwyngyllgogerychwyrndrobwllllantysiliogogogochと、五八文字も連なっている。

ウェールズ語は子音が多く、カナでは表記できないような不思議な発音もあるが、あえて記してみると、スランバイヤプフクインギルハゴーガレフウィンドロッブブクスラントリトシリオゴゴゴッホとなる。

この駅は、ロンドン・ユーストン駅を北上し、クルーから分岐してウェールズ北部を進み、アイルランドへ向かうフェリーに接続する路線にある。

鉄道マニア・・・ヨーロッパの駅名3

イタリアはナポリにある終着-始発型のチェントラーレ駅の地下には、同じ国鉄の通過型駅ピアッツァ・ガリバルディがある。

一方、スペインのマドリード・アトーチャ駅も、新幹線の開業に際して整備され、地上のプエルタ・デ・アトーチャ駅と地下のアトーチャ・セルカニアス駅と、名称が区別されるようになった。

ギリシアのアテネでも、北部地方に向かう標準軌路線の発着するラリッサ駅と、南西部に向かう狭軌路線のペロポネソス駅とが道路をはさんで隣接している。

ただし、国鉄同士なのに構内は連続しておらず、風の吹く粗野な歩道橋を迂回して行き来しなければならない。

鉄道マニア・・・ヨーロッパの駅名2

しかし、ハンブルク・アルトナ駅やベルリン・ツォー駅のように、HBFをしのぐ駅もある。

また、ホームの増設などで規模が大きくなりすぎた駅では、離れたホームごとに別な駅名がつけられている場合もある。

パリ・モンパルナス駅には、中央コンコースに面して終着-始発型のホームがずらりと並んでいる。

ベルサイユ方面への近郊電車や銀色のTGVなどが発着する駅といえば、通常はこの場所を指すが、正式には、モンパルナス・ボルト・オセアン駅という。

ところが、このホームでは足りずに、モンパルナス・ボージラール駅という名称で、西隣にも別なホームが並んでいる。

こちらには設備が少なく、車庫のように閑散としていて、夜行や臨時列車の発着に使われる。

鉄道マニア・・・ヨーロッパの駅名

駅名のつけ方は日本と少し異なる。ロンドン駅やパリ駅はない。
大都市にある複数の中央駅には、リバプール・ストリート駅やモンパルナス駅のような街路名や地域名のほか、リヨン駅のような終着都市名やビクトリア駅のように歴史に由来する名称もある。

他国や遠隔地での発着表示には、ロンドン・ビクトリア駅、パリ・リヨン駅などと都市名のセカンド・ネームのように記される。

ドイツやスイスでは、中央駅を意味するハウプトバーンホフを略してHBFという表現が多く用いられ、ミュンヘンHBFやチューリヒHBFなどと表記される。

ヨーロッパ史!「ギリシア都市国家」その3

アテネはペルシア戦争中から急速に力をつけ、前478年頃にはデロス同盟という対ペルシア攻守同盟を結成してその盟主の座につきました。

前者が戦時にのみスパルタに全軍の指揮権を委ねるという緩やかなものだったのに対して、後者はアテネへの貢租の支払いなど半ば隷属を強いるもの。

これにスパルタが脅威を覚えたのは言うまでもありません。

両雄、両同盟の衝突はもはや避けられるものではなかった。

前431年に勃発したペロポネソス戦争は、前404年にスパルタの勝利のうちに終結するが、スパルタが降伏したアテネに対し寛大な処置で臨んだことから、アテネは急速に国力を回復させる。

前377年アテネは新たな同盟(第2アテネ海上同盟)を設立するが、先の轍を踏まぬよう、加盟国の自由・自治の承認、駐留軍・貢租徴収の禁止など、そこには細心の注意が払れていました。